【本校の目指すもの】

=自信教育=

目に見えるものがすべてではないと知ること

当校は、動物とは違い、ものを見なくてもそのものを判断でき、そこから真実を見抜き、決断し、命令を下せる人、いわば、世界の指導者になるべく人材を育てる学校です。

「実際に見学して学校を見てみないと、わからないのでは?」

入学を希望される保護者の方からよくいただく質問です。

たとえば、私たちの目から入ってくる情報は、この世界が占めるすべての領域の0.01%にも満たないことはご存知でしょうか?

見たものだけしか信じられないメンタリティーは、とても小さく窮屈な世界で生きていることを主張するのと同じことです。

  • 病院で検査のために撮るレントゲン写真
  • スマートフォンの電波が入りにくいので、入る場所まで移動する
  • 暗くなったので、部屋の照明をつける
  • 地球から重力を受けている
  • 「あの人、空気読めないよね」と感じる

これらは私たちの目では直接見ることができません。しかし、すべて存在することも事実です。

すべての見えるものは、見えないものにさわっている 聞こえるものは、聞こえないものにさわっている 感じられるものは、感じられないものにさわっている おそらく、考えられるものは、考えられないものにさわっているだろう

ノヴァーリス『断章』より

つまり、本当の真実とは、目に見えないところにあります。

もう1つの目を養うこと

学問とは、現実を抽象化できることです。個々別々の事物などから、それらの範囲の全部のものに共通する要素を抜き出し、「おおよそ・・・のようなものだ」と頭の中で仮説を立ててまとめ上げることができます。

仮説は自分で検証することで、方向性があっていたのか、それとも別の方向を向いていたのか、自己完結できるようになります。

また、現実を抽象化すると、様々な点と点のつながりを見つけることができます。点と点がつながり、新たな点を生みます。このとき、「この点とあの点は、本当につながるのだろうか?」と自分自身に問いかけ、疑問を投げかけます。クリティカルシンキングの始まりです。

クリティカルシンキングが自然と身につくことで、無意識の領域に大量の思考のストックを持つことができます。無意識のストックが増えると、一見全く異なる2つのことでも、ある瞬間に電気が走り、まったく新しい点が生まれます。これがセレンディピティを発動させる方法です。

地図を見て国々がわかり、気候も地形も、そこから生まれる文化がどのようなものになるのかさえもわかる人材を育てる学校です。見えるものだけを見て、ものがわかると思うメンタリティーをお持ちの方には、見えないものを見えるようにする当校の教育方針には全く合いません。

すべての事柄に仮説を立てて考える。これが考える人の第一歩です。

「見たものを信じることはできない、信じられるのは考える自分自身だ」ということを徹底的な鍛錬によって叩き込みます。

考える自分自身を信じることができる、それが自信です。自信とは、自分の可能性を信じるチカラです。

=社会生活の第一歩=

学校の存在意義

あなたは学校が社会生活を始めさせる第一歩であることを忘れていませんか?

人は社会で生きていくものですから、社会訓練が必要です。社会が安全で、幸せだらけのところなら、社会訓練はいりません。社会は、一人一人が、自分が生き延びるためにいろいろ工夫をし、術策を練り上げ、相手を負かそうとし、人を愛したくても愛されなくて泣くようなところです。

それゆえに、社会訓練というのは、他人を知り、そこにある友情や悪意も、自分の間違いを指摘され、治そうと努力できる人間になるところです。宮本武蔵の言葉を借りれば、鍛錬と訓練をしてもらうところが学校であると、当校は考えています。

子供への愛情の中に、自分の子供がいかに不完全な生き物かという自覚が全くない父兄が増えています。

自然界の動物は、シビアな環境を十分に知っています。法律も警察もない動物社会では、守るだけが子育てではないことを動物は知っています。現代の便利文明と、人間には生きる権利がるという間違った権利思想に毒された方々は、社会とは何なのかと考える力はもうないようです。

安全ばかりで子育てをしていると、厳しい学校にきて、泣いてばかりいる子供ができます。

勉強は、知識を頭に入れることだけと思う人がなぜ多いのでしょうか。勉強は、まず、人間の無知を知り、人間の弱さを知り、人間のエゴの醜さを知ることから始まります。

それは、叱られること、正されること、知る方法が間違っていることを指摘されることで、あなたは「知らない」、「間違っている」、「自分ばかりをかわいがっている」と自分の醜さを知るのが勉強です。

よって、泣いている暇も、自分がかわいそうだと思う暇もないはずです。

当校は、社会生活の第一歩を実体験を通して学ぶ場でもあります。